Publickey新野淳一のIT羅針盤

先進的な企業が本気で取り組み始めた「チャット」の持つ可能性

チャットは「人と人のコミュニケーションツール」としてだけでなく、「言葉の通じるコンピュータとのインターフェイス」としても発展しようとしています。それを主導しているのが、チャットのプラットフォーム化、機械学習やAI技術との連携です。この展開の先には、現在のグラフィカルユーザーインターフェイスやタッチインターフェイスなどと同じように、チャットが重要なユーザーインターフェイスの1つとして位置づけられるという予測があります。

チャットが「人とコンピュータの対話手段」になる

長きにわたってインターネット上で使われ続けているコミュニケーション手段の1つが、いわゆる「チャット」です。その草分け的な存在として1990年代に登場した「ICQ」、あるいはチャットの普及に大いに貢献した「Yahoo Messenger」などの名前には、懐かしさを感じる方も多いのではないでしょうか。

 

昔から変わらないチャットの利点は、相手とリアルタイムに対話する同期的なコミュニケーションと、メッセージを送っておいて適当なときに読んでもらう非同期的なコミュニケーションが、1つのツールで共存可能であることや、特定のグループで簡単にメッセージが共有できて、スパムのようなノイズがほとんどない点などがあります。

 

そのチャットがいま、改めてホットな分野として注目を集めています。それは例えばモバイルデバイスの普及とともに、コンシューマーの分野で「Line」「Facebook Messenger」「Skype」「WhatsApp」などがグローバルに熱いシェア争いを繰り広げており、一方で企業向けには「Slack」「HipChat」「ChatWork」などが登場して利用者を急速に増やしているといったビジネス的な側面もありますが、決してそれだけではありません。

 

チャットがホットな分野になっているのは、チャットそのもののあり方に、いま大きな変化が起きているからです。チャットが「人と人」のコミュニケーションだけでなく、「人とコンピュータ」のコミュニケーション手段として急速に存在感を増しているのです。

 

現在、人とコンピュータのコミュニケーションは、WindowsやMacのようなグラフィカルユーザーインターフェイスや、モバイルデバイスが備えるタッチユーザーインターフェイスが中心的な存在となっています。

 

しかしチャットと、最近急速に発達している機械学習や人工知能などによる自然言語解析や音声認識などの技術を組み合わせることで、まるで人に話しかけるようにコンピュータにテキストや音声を伝えるだけで、コンピュータを操作できるようになる。そういう世界を大手ベンダーが現実のものにしようと取り組み始めているのです。

 

そして、この新たなユーザーインターフェイスのデファクトスタンダードとなるべく、チャットを巡って各ベンダーが繰り広げている動きのもう1つが、「チャットのプラットフォーム化」です。

 

 

いま起きている「チャットのプラットフォーム化」

チャットのプラットフォーム化とは、チャットのAPIを解放することで、さまざまなソフトウェアやハードウェアなどがチャットに参加できるようにすることを指します。

 

業務用のチャットツールとして急成長中の「Slack」は、2015年12月にSlackのプラットフォーム化を宣言。Slackと連携して動作する「Bot」(ボット)の開発用フレームワークをオープンソースとして公開し、さらにSlackと連携するアプリケーションを一覧できるWebサイト「Slack App Directory」を公開し、Slack対応アプリケーションを開発するサードパーティに約100億円もの資金を投資することを発表しました。

 

Make Slack even better

 

「Slack」のプラットフォーム化の一環として、

Slack と連携するボットやアプリケーションの一覧が公開されている。
https://slack.com/apps

 

Slackの後を追うように、Facebookも「Messenger Platform」を発表。こちらもチャットとサードパーティツールの連携促進を目論んでいます。

 

こうしたチャットのプラットフォーム化の前触れとなったのが、数年前からエンジニアの間で話題になった「ChatOps」です(それ以前にも、同様のアイデアがSalesforce.comのChatterなどに見られました)。

 

もともとチャットは、エンジニア同士のコミュニケーションツールとして重宝されていました。コードやコマンドをコピー&ペーストしてやりとりするのが簡単で、URLで情報を示しやすく、ほぼ一日中コンピュータの前に座っているエンジニア同士がリアルタイムに意思疎通することが容易だったのです。

 

そのエンジニアはやがて、チャットにログインするロボットのようなソフトウェア、いわゆるボットを作り始めます。ボットとサーバーの監視ツールを連携し、サーバーに障害が発生したらその状況をチャットでエンジニアに報告させるようにしたり、運用でよく使うコマンドをチャットから打ち込むだけでボットが実行したりといった用途を開発し始めたのです。

 

こうして、チャットを使うだけでシステムの運用作業(Ops)を効率的に行える仕組みが広まり始めました。これが、いわゆるChatOpsと呼ばれるものの始まりです。

 

チャットのプラットフォーム化とは、こうした草の根的に発展してきたチャットのエコシステムを、チャットのベンダーがAPIなどをオープンにすることで、オフィシャルに支援することを指します。

 

チャットのプラットフォーム化が進むことで、ユーザーはさまざまなアプリケーションを個別に立ち上げて使うのではなく、チャットを通じてアプリケーションの機能を呼び出し、その結果もチャットを通じて受け取れるようになります。

 

すると、単なるコミュニケーションツールだったチャットが、仕事におけるさまざまな情報や指示をやりとりする統合的な窓口という位置づけになり、その重要性は飛躍的に高まっていくと考えられます。

 

Slackがプラットフォーム化を宣言した背景には、Slackをコミュニケーションツールから「仕事に必要なプラットフォーム」へと押し上げていく意図があったのです。

 

 

「特定のチャットに依存しないプラットフォーム」を目指すマイクロソフト

チャットのプラットフォーム化を積極的に推進しているベンダーの1つがマイクロソフトです。同社はチャットの1つとしてSkypeを提供すると同時に、特定のチャットに依存せず、さまざまなチャットツールに対応したBotを開発できるフレームワーク「Microsoft Bot Framework」を2016年3月に発表しました。

 

開発者はこのフレームワークを用いることで、Botを特定のチャットに依存せず、さまざまなチャットに対応できるようになります。ここにこのフレームワークを用いるメリットがあり、マイクロソフトはこのオープンなBotフレームワークによって、特定のチャットがプラットフォームとなるのではなく、チャットのBotそのものをプラットフォームにしようとしているのです。

 

マイクロソフトのCEO、サティア・ナデラ氏はこの戦略を「Conversation Canvas」(対話のキャンバス)という言葉で表現しています。

 

Bot Framework

 

マイクロソフトは「Bot Framework」を公開することで、

チャットのBotそのものをプラットフォームにしようとしている。
https://dev.botframework.com/

 

 

プラットフォーム化の先にある「人工知能との組み合わせ」

マイクロソフトのチャットプラットフォーム戦略におけるもう1つの特徴は、Botに機械学習やAI機能を組み合わせ、人とコンピュータが自然言語で対話することを目指している点にあります。

 

現在、Botが実現している仕組みのほとんどは、あらかじめ決められたコマンドをトリガーにしています。前述のChatOpsのような、定型業務を効率化する手法としてはこの方法が有効です。

 

しかし決められたコマンドを使うということは、利用者があらかじめそのコマンドを知っていることが前提となります。チャットがプラットフォーム化し、さまざまなことがチャットを通じてできるようになるにつれて、利用者が覚えなくてはならない定型コマンドがどんどん増えていくことになれば、使いやすさは遠のいていくはずです。

 

チャットが本当にプラットフォーム化し、Zero UIとして発展していくためには、いちいち利用者がコマンドを覚えるのではなく、普段使っている自然言語、もしくは自然言語に近いような自由度で、Botを操作できるようになることが欠かせないのです。

 

そのための鍵を握る技術が、大規模データ分析や機械学習、人工知能の技術であり、マイクロソフトでは「Cortana」ブランドとされている技術群です。そして人工知能や機械学習をプラットフォームとして展開することは、大規模データセンターを基盤に豊富なコンピュータリソースを誇るクラウドベンダーならではの強みであり、マイクロソフトの戦略はまさに同社の強みを利用したものと言えます。

 

もちろん、他の企業も自然言語を用いたコンピュータとの対話への取り組みには積極的です。前述のように、ここを押さえることが、将来の人とコンピュータの対話の窓口を押さえることにつながるため、戦略上、非常に重要だからです。

 

アップルが「Siri」を提供しているのはコンシューマー向けにこの窓口を押さえるためであり、GoogleもSiriに似た「Google Assistant」サービスと、それをモバイルデバイスに実装した「Google Home」を2016年5月に発表しました。Amazon.comも音声認識を行うデバイス「Echo」を米国で提供しています。

 

チャットによる言葉を通じたコンピュータのインターフェイスは、従来のユーザーインターフェイスのような“視覚での表現”も“手による操作”も存在しないため、革新的なユーザーインターフェイスであるという意味を込めて、「Zero UI(ゼロ・ユーザーインターフェイス)」と呼ぶ専門家もいます。

 

google home 発表時の様子

 

2016年5月に発表された、マイクとスピーカーを内蔵する「Google Home」。

インターネット経由でGoogle Assistant機能を利用する。さまざまな家電に接続し、人間の自然言語を理解して音楽を再生したり、今日の天気を知らせたり、部屋の照明をコントロールできるようになるという。2016年終盤に登場予定。

 

Slackやマイクロソフトが、テキストチャットのプラットフォーム化から開始して、そこに自然言語認識や音声認識を付加していこうとしているのに対し、SiriやGoogle Assistant、Echoは音声認識や自然言語による対話から始め、そこからサービスをサードパーティへ公開してプラットフォーム化するという、逆の順番での展開を目論んでいます。

 

 

OSやブラウザの争いに続いて「チャットの争い」へ

かつて急速に発展するパソコンビジネスにおいて、WindowsやMacOS、OS/2などによるOSのシェア争いがありました。OSはアプリケーションとユーザーインターフェイスを支配する存在であり、ここを押さえることがユーザーとサードパーティを中心とするエコシステムを押さえるために重要だったからです。

 

しかしOSの主導権争いが終わってみると、次に起きたのはインターネットのアプリケーションプラットフォームをめぐるWebブラウザのシェア争いでした。アプリケーションやユーザーインターフェイスはWebテクノロジーを用いて作られる時代となり、Webブラウザこそがアプリケーションやユーザーを押さえる上で重要になったためです。

 

チャットのプラットフォーム化をめぐる各ベンダーの思惑は、こうしたかつてのOSやブラウザにおける競合に似ていると考えられます。ここを押さえることが、今後のアプリケーションやユーザーを押さえる上で重要なポイントになると見られるからです。

 

おそらく多くのコンピュータエンジニアは、このプラットフォームを利用する側、つまりアプリケーションの開発側になることでしょう。そしてチャットプラットフォーム化の主導権争いの行方は、こうした開発者がどのプラットフォームを支持するかも大事な要素になっていくはずです。

 

※このコラムは不定期連載です。

※会社名および商標名は、それぞれの会社の商標あるいは登録商標です。

 

新野淳一

新野淳一/Junichi Niino

ブログメディア「Publickey」( http://www.publickey1.jp/ )運営者

IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。新しいオンラインメディアの可能性を追求。