AIは業務アプリケーションや開発ツールにどんな進化をもたらすのか?
活用が進むAIの近未来とは
「ChatGPT」などに代表される最新のAI(人工知能)は、Officeなどの業務アプリケーションをはじめ、ローコード/ノーコードの開発ツールなどにも搭載され始めている。最新のAIによってどんな機能が実現されるのかを検証しつつ、AIの今後を展望する。
”なんでも答えてくれる”ChatGPT登場の衝撃
2023年4月27日、ファイル共有サービスとして知られるDropboxは、約3000人の同社従業員の約16%にあたる500人規模の人員削減を発表しました。同社CEOは従業員に向けたメッセージとして、会社の成長は鈍化しているものの赤字ではないとした上で「私たちの次の成長ステージでは、とくにAIや初期段階の製品開発など、これまでとは異なるスキルの組み合わせが必要になります」と語っています。つまり、AIの時代に合ったスキルを備えた人材確保が重要であることを人員削減の背景として説明しているのです。
このように「ChatGPT」をはじめとするAIの登場と進化は、IT業界に大きな影響を与え始めています。例えるならばスマートフォンが登場したことで、さまざまなアプリケーションのあり方が大きく変わったように、AIもまた、これから登場するアプリケーションを大きく変えていくことは間違いありません。
現時点でAIがどのようにアプリケーションを変貌させているのか、その例をいくつか見ながら、近い将来のAIを活用したアプリケーションの姿を考察していきましょう。
いま最も注目されている生成AIの代表がChatGPTであることに異論を挟む人は少ないはずです。SlackやLINE、Chatworkのようなチャットサービス形態で、どんな質問にも適切な回答を生み出す能力が、人々に大きなインパクトを与えました。
自由に質問ができるチャット形式のAIの利点は、プログラミングの質問でも、法律の相談でも、おすすめのレストランでも、何でも聞くことができるところにあります。さらには将来、「昨日の出張精算をしておいて」「明日締め切りのプレゼン資料を水曜日に作った企画書をベースに作成しておいて」など、ビジネス業務に関わることも何でも処理できるようになれば、ある意味、それがAIの究極の姿と言えるかもしれません。
しかし、まだチャット型AIはそこまで業務に組み込まれているわけではなく、業務アプリケーションとは別の存在です。そこで、特定の用途を持つアプリケーションにAIを組み込もうとする動きが活発化しています。
コメントを書くとコードを生成してくれる「GitHub Copilot」
典型的なのは開発ツールにAIを組み込んだ「GitHub Copilot」でしょう。コメントを書くとコードを生成してくれますし、書きかけのコードから続きを生成してくれます。下記の画面はそのGitHub Copilotの強化版として23年4月に発表されたGitHub Copilot Xです。
一方、マイクロソフトはスマートフォン用の業務アプリケーションをローコードで開発できる「Power Apps」にAIを搭載すると発表しています。開発者がつくりたいアプリケーションの内容を自然言語で入力すると、Power Appsがプロトタイプを生成し、その内容をさらに自然言語で修正していくことが可能です。もちろん途中からマニュアルで修正することも可能です。
またデータベースの分野では、日本語を含む自然言語の問いをChatGPTを用いてSQL文に変換して実行する「Chat2Query」機能を、MySQL互換のオープンソースデータベース「TiDB」を提供しているPingCAP社がすでにベータ版として提供を開始しています。
このようにAIが開発ツールに組み込まれることで、プログラミングやシステム開発の生産性は劇的に向上すると見られています。
OfficeもAI搭載でプレゼン資料を自動生成
さらに、AIを業務アプリケーションに組み込むことで業務上の具体的なアクションに結び付けることができるようになります。例えばマイクロソフトはOfficeアプリケーション群にAIを組み込んだ「Microsoft 365 Copilot」を発表しています。
Microsoft 365 Copilotでは、これまでのメールの内容からAIが自動的に返答案を考える機能、OneDriveからテーマに関連する画像などを選択して自動的にレイアウトしてプレゼン資料をつくる機能、顧客とのやりとりの議事録と関連する製品情報などの社内資料を結び付けて顧客向けの提案書を自動的に生成する機能などが準備されています。もし文字だらけの資料であれば、AIに「もっとビジュアルにして」と依頼すれば、その通りに変更もしてくれるようです。
ERPやCRMの機能を持つDynamics 365にAIを組み込んだ「Microsoft Dynamics 365 Copilot」でも、顧客とのオンラインミーティングを自動的に文字起こしして要約と営業向けのToDoリストを生成するほか、顧客からの質問にはAIが文脈に沿って理解し、信頼できる情報源となるWebサイトや社内ドキュメント、ナレッジベースなどを基に回答を自動作成できるとのことです。
一方、プロジェクト管理ツールのJIRAなどで知られるアトラシアンも、OpenAI社のAIを搭載した「Atlassian Intelligence」を発表しています。Atlassian Intelligenceでは、例えばドキュメント共有ツールに保存されている社内文書やマニュアルなどを学習し、途中から合流したスタッフにはわからないボキャブラリや社内手続き、PCの設定方法といった社内特有あるいはプロジェクト特有の知識を中途入社の社員などに教えてくれます。
ChatGPTもプラグインによる機能追加が可能に
ChatGPT自身も、プラグインという形で外部のサービスやアプリケーションと連携する仕組みが提供されています。例えば旅行サービスのExpediaプラグインでは旅行の計画をAIで立てられるようになります。レストラン情報などを提供するOpenTableプラグインではおすすめのレストラン情報を教えてくれ、Wolframプラグインでは方程式の解法の説明やグラフの描画などをしてくれます。
AIをアプリケーションに組み込むパターンとは
アプリケーションにAIを組み込む例は他にもたくさんありますが、こうした取り組みはまだ始まったばかりで、いくつかのパターンがあるように見えます。
多く見られるパターンはアプリケーションにチャット的なUIを組み込むものです。最新のAIは自然言語でコンピュータに命令できる点がこれまでにない大きな特徴であり、それはコマンドを駆使したりマウスでメニューを選択したりするよりも、人間にとって自然かつ柔軟なユーザーインターフェイスと言えます。
さらに、一般的なインターネット上の知識しか持たない“素のAI”に対して、アプリケーション固有の知識を学習させる仕組みも持たせています。それは業務アプリケーション内のデータベースに保存されている情報や共有フォルダに保存されている情報などになるでしょう。
そして、アプリケーションの出力として何をユーザーに与えるのかも重要です。AIを活用して、これまでの出力よりも質の高いものを与えるのか、それともこれまで不可能だった出力を新たにつくり出すのかといった選択肢があります。
そのためには、AIと既存のデータベースやストレージとの連携、適切なアクセス制御、AIに合ったビジネスロジックの開発、そしてそれらにふさわしいユーザーインターフェイスの設計など、これまでのシステムインテグレーションやアプリケーション開発と基本的には同じ考え方が必要です。
その上で冒頭のDropboxのCEOが望むように、AIに対応した新しいアプリケーションを実現する企業やそれを実現するためのスキルを持つ人材が、これからのIT業界には求められていくのでしょう。
※このコラムは不定期連載です。
※会社名および商標名は、それぞれの会社の商標あるいは登録商標です。
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新野淳一/Junichi Niino
ブログメディア「Publickey」( http://www.publickey1.jp/ )運営者。IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。新しいオンラインメディアの可能性を追求。