淘汰が始まった「IaaS」、理想的な「ハイブリッドクラウド」、企業が使いたいクラウドはどこに向かうのか? | 東京エレクトロンデバイス

IT記者の目線

淘汰が始まった「IaaS」、理想的な「ハイブリッドクラウド」、企業が使いたいクラウドはどこに向かうのか?

谷川耕一/Koichi Tanikawa

谷川耕一

2015年03月30日

最近、「クラウドファースト」という言葉をよく耳にします。何らかのビジネスを始める際に、あるいは既存のITシステムの更新時期に、ITプラットフォームの選択肢として、まずはクラウドを検討することを表わしています。確かに当初のセキュリティ上の懸念や信頼性の不安は薄れ、企業がクラウドを利用することへの抵抗感はなくなりつつあります。とはいえ、現時点ではまだ、運用しているITシステムのほんの一部をクラウド化したというレベルでしょう。今後、本格的なクラウド時代を迎えるにあたり、企業のクラウド利用はどのように変化していくのでしょうか。

IaaSは淘汰の時代に突入

クラウドという言葉で、真っ先に思い浮かぶのは「Amazon Web Services」(AWS)かもしれません。さらに「Microsoft Azure」や「IBM SoftLayer」などを思い浮かべる人もいるでしょう。これらのクラウドサービスで利用されるのが、IaaS(Infrastructure as a Service)です。つまり、コンピュータリソース、もっと平たく言えばx86サーバーのリソースをインターネット越しに提供してもらうというものです。

現状のクラウドサービスの中で、もっとも多くの企業が採用しているのがこのIaaSです。Webから手軽に契約してすぐに利用できます。開発環境などから始まり、負荷が変動するアプリケーションの、オンデマンドに拡張できる実行環境として利用されています。オンラインゲームなど膨大な数のユーザーに対してサービスを展開する際には“自社でサーバーを抱えるよりもIaaSで”という事例が増えています。

IaaSは確実に増えており、数年前までは次々と新たなプレイヤーが市場に参入していました。しかしここにきて、前述の3社に「Google」を加えた4ベンダーが市場の大きなシェアを占めつつあるようです。なかでもAWSはかなり突出した存在です。逆に、これら以外のIaaSサービスは相当厳しい状況になると思われ、統合や吸収、さらにはビジネスを中止するような淘汰も始まりつつあります。

日本にはキャリア系やプロバイダー系のIaaSサービスがいくつかありますが、彼らもIaaS市場でシェアを伸ばすのは決して容易なことではないでしょう。今後は独自色を前面に押し出したり、PaaS(Platform as a Service)やSaaS(Software as a Service)などを加えたりすることで、ニッチプレイヤーとしての生き残りを模索するようなケースも増えそうです。

しかし、4大プレイヤーが市場を寡占化しても、それで彼らのビジネスが安泰かと言えば必ずしもそうとは限りません。IaaSに対する需要は右肩上がりで推移しても、サービス単価はどんどん下がる傾向にあるからです。もともとAmazon Web Servicesなどは“規模の論理”でサービス単価の値下げをしてきました。他のプレイヤーたちも当然ながら、それに追随していますが、十分なシェアをとれていないIaaSベンダーは規模の論理が働きにくく、この価格競争に到底太刀打ちできていないのが現状です。

さらに4大プレイヤー間でも、ある意味、“えげつない価格競争”が始まりつつあるようです。例えば1000ノード規模のインスタンスをA社のIaaSサービスで運用するような大規模顧客がそのうちの100ノード分をB社のサービスに移します。仮想化技術を使ったIaaSではこういった移行はさほど難しくないでしょう。B社のサービスで十分に動くことがわかった顧客はある日突然、「100ノードほどは保険として残すけれど、残りの800ノードはB社に移行するよ」とA社に伝えるのです。大口顧客を逃したくないA社の担当者は大慌てとなり、さらなる低価格提案を行うというわけです。米国などではこういったケースがもはや珍しくないと言われています。

図1 パブリッククラウドは「過酷なIaaS価格競争」が始まっている
図1 パブリッククラウドは「過酷なIaaS価格競争」が始まっている

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単にx86サーバーのリソースを提供するだけでは、なかなか優位性を出しにくいのがIaaS。今後はIBM SoftLayerのようにベアメタル型を提供したり、Microsoft Azureのように既存の管理ツールでオンプレミスのサーバーと一元管理できたりといった独自メリットを各ベンダーは打ち出し、顧客に逃げられない工夫に注力することになるでしょう。

ハイブリッドクラウドは企業におけるIT環境の本命か

一方、クラウドの新たなキーワードとなりつつあるのが「ハイブリッドクラウド」です。これは企業がAmazon Web Servicesのようなパブリッククラウドも、データセンター内のプライベートクラウドも、さらにはオンプレミスのシステムも、一緒に利用するものです。そして、これまでのハイブリッドクラウドはパブリックとプライベート、オンプレミスのシステムは比較的緩やかに連携、結合するものでした。バッチ処理などによるデータ連携程度がほとんどで、それぞれがリアルタイムにデータ連携するようなハイブリッド構成はまだまだ少ないのが実状でした。

これに対して最新のハイブリッドクラウドのイメージとなっているのが、プライベートクラウドやオンプレミスで動かしているアプリケーションの負荷が高くなった場合、ダイナミックにそのアプリケーションをパブリックにスケールさせて運用するといった構成です。つまりパブリックもプライベートも1つのコンピュータ・リソースプールとみなし、全体を最適化できるようにオーケストレーションして利用するのです。そのための業界標準が「OpenStack」であり、「Cloud Foundry」です。これらの標準に準拠することで、自由なアプリケーション移動などが目指されています。

この新たなハイブリッドクラウドの姿は、柔軟性というクラウドのメリット、つまりリソースの最適な利用という面からは理想的なものでしょう。現時点ではまだ難しいかもしれませんが、今後はオンプレミス、プライベート、パブリックを要件に応じ、自由かつダイナミックに使い分ける時代がくると思われます。しかし、ここで気をつけなければならないことがあります。それは、このような理想的なハイブリッドクラウド環境を構築することが、企業の目的ではないということです。

パブリッククラウド
図2 ダイナミックにアプリケーションが移動する理想的な「ハイブリッドクラウド

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何らかのアプリケーションを効率的に安全に運用したい。例えば外部向けにサービスの提供を行うアプリケーションはパブリッククラウドで運用し、急激な負荷変動にも柔軟に対応できるようにします。しかし決済や顧客管理などのシステムは、セキュリティポリシーの面からオンプレミスに置きたい。このような場合には、自由にアプリケーションを移動するのではなく、アプリケーションをきちんと分離し、パブリッククラウドとプライベートクラウドを明確に使い分ける構成が正解です。つまり、運用したいアプリケーションがどんな性格、要件を持っているかでハイブリッドクラウドの構成が決まるのです。目的は立派なハイブリッドではなく、アプリケーションをいかに効率的に安全に運用するか、その結果がハイブリッドクラウドになるという流れで考える必要があるでしょう。

※このコラムは不定期連載です。
※会社名および商標名は、それぞれの会社の商標あるいは登録商標です。

谷川耕一/Koichi Tanikawa

谷川耕一Koichi Tanikawa

実践Webメディア「EnterpriseZine」DB Online チーフキュレーター
http://enterprisezine.jp/dbonline
ブレインハーツ取締役。AI、エキスパートシステムが流行っていたころに開発エンジニアに。その後、雑誌の編集者を経て外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などを経験。現在はオープンシステム開発を主なターゲットにしたソフトハウスの経営とライターの二足の草鞋を履いている。