クラウドベンダーが「Arm」への注力を強める理由とは?――Armプロセッサに秘めるクラウド戦略
2024年4月、Google Cloudが独自のArmプロセッサを発表したことで、AWS、マイクロソフト、Googleの大手クラウドベンダー3社のArmプロセッサが出揃い、この分野の競争が激しさを増している。なぜクラウドベンダーはArmプロセッサへ注力するのか?その背景と戦略を探る。
まずはAWSが2018年に独自Armプロセッサ
Google Cloud は2024年4月、同社初のArmプロセッサ「Google Axion」を発表しました。これにより、すでにArmプロセッサの採用を発表しているAWS、Microsoft Azureを加えて、いわゆる“3大クラウド”がすべてArmプロセッサを用いたサービスの提供を始めることになります。
現在のところ、クラウドで使われているプロセッサとしてはx86ベースのプロセッサが主流です。
しかし、3大クラウドが独自にArmプロセッサを開発し、採用したことが裏付けとなり、今後はクラウドにおけるArmプロセッサの存在感が間違いなく高まっていくことでしょう。
では、なぜ3大クラウドがArmを採用したのか、その理由を見ていきましょう。
Armプロセッサの採用を本格的に開始した最初のクラウドベンダーはAWSです。同社は2015年にイスラエルのチップデザイン会社であるAnnapurna Labsを買収。そのチームが設計と製造を担当した16コアの64ビットARMプロセッサ「AWS Graviton Processor」を2018年に発表しました。
2019年に開催されたイベント「AWS re:Invent 2019」で、当時のAWS CEOであったAndy Jassy氏は独自のArmプロセッサであるAWS Graviton Processorを開発するきっかけについて、プロセッサの設計能力を自社が持つようになれば、自社でサーバーの価格性能比を改善していくことができると考えたからと説明しています。
クラウドサービスはユーザーが使った分だけ料金が発生する従量課金制です。そして、料金に占める割合が最も大きいのが電気代のコストです。つまり、より小さな電力で大きな性能を発揮する電力効率の高いプロセッサこそ、クラウドにおいて競争力に優れたプロセッサなのです。
したがって、インテルやAMDなどのチップベンダーからプロセッサを購入している限り、この電力効率の向上を他社に依存することとなり、同じくインテルやAMDからプロセッサを購入している競合他社とほぼ同じ価格性能比でしか仮想マシンを提供できないということになります。
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AWSは自分たちがこの状況から抜け出し、自社が主導してプロセッサを開発することで、競合他社より優れたクラウドサービスを実現できることにいち早く気づいたのです。それが、AWSがArmプロセッサを独自開発し、サービスとして投入した理由です。
当然ながら、そのプロセッサGravitonはx86プロセッサよりも高いエネルギー効率、つまりx86プロセッサと同一性能でありながらx86プロセッサよりも安い価格で顧客にサービス提供できることを特長としています。実際にAWSの料金表を見ると、Gravitonプロセッサを用いたサービスの方が安く設定されています。
現在もAWSはGravitonプロセッサの改良を続けており、2023年には最新版となる「Graviton 4」を発表しました。
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マイクロソフトとGoogleも相次いで独自Armプロセッサ
AWSが2018年にGravitonを発表してから5年後の2023年、マイクロソフトがクラウド向けに最適化したArmベースの独自プロセッサ「Microsoft Azure Cobalt」を発表しました。
マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏は発表の中で「この64ビット128コアのArmベースチップはあらゆるクラウドプロバイダーの中で最速」と、AWSのGravitonへの対抗意識を強くにじませます。
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そして2024年に入り、Googleも同社初の独自Armプロセッサ「Google Axion」を発表しました。Axionは現世代のx86ベース仮想マシンと比較して50%の性能向上と、60%の優れたエネルギー効率を実現しており、さらにクラウドで現在利用可能な汎用Armプロセッサと比較して30%も高い性能を提供するとしています。
マイクロソフトとGoogleはいずれも名指しこそしていないものの、AWSのGravitonよりも自社の独自Armプロセッサの方が優れているとアピールしています。少なくとも両社にとって、AWSのGravitonプロセッサは無視できない存在となっているのです。
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Armサーバーはx86サーバーを性能面でも上回る
Armプロセッサはもともとスマートフォンなど小型・省電力向けのデバイスに使われてきたプロセッサであり、省電力性を大きな特長としていた一方で、PCやサーバーのような高い処理性能を必要とするデバイスで使うことは難しいと見られていました。
実際、AWSがGravitonプロセッサを発表する何年も前から、Armプロセッサをサーバー向けに利用するスタートアップが何度も登場し、製品化が行われては失敗して消えていくという歴史を繰り返していました。
そのため、AWSがGravitonを発表した当時は、Armサーバーはあくまでも低消費電力に特化し、高性能なx86サーバーの補完的な存在になると見られていました。そうした見方を大きく払拭した出来事の1つが、2020年にAppleが独自開発したArmプロセッサ「Apple M1」の登場でした。
Macに搭載されたApple M1はArmの特長である低消費電力を保ちつつ、x86プロセッサが搭載されていた、それ以前のMacモデルを大幅に上回る処理性能を実現したことで、Armプロセッサはx86プロセッサ以上の性能も実現できることを知らしめました。
サーバー向けプロセッサでも同じことが起こり得るでしょう。前述の通り、AWS、マイクロソフト、Googleはいずれも、各社のArmプロセッサがすでにx86プロセッサの処理性能を上回っているとアピールしています。
クラウド最適の独自チップで構築されつつあるサーバー
このように大手クラウドベンダーはそれぞれ独自のArmサーバーを投入することで、より高性能で低消費電力、つまり価格競争力の高いサーバーの投入を、インテルやAMDといったプロセッサベンダーに依存せずに自社の力で実現しようとしています。
AWSがGraviton 4まで先行して投資を行い、その成功を他社が追いかけています。この競争はまだ始まったばかりですが、Armプロセッサへの投資は一時的なトレンドではなく、今後も長らく続く動きと見て間違いないでしょう。
クラウドベンダーが独自にArmプロセッサの開発に取り組む理由はもう1つあります。
各社のクラウドのサーバーの中には、すでに各社独自のシステムを搭載したチップ(SoC)が組み込まれており、これがクラウド内のサーバー仮想化、セキュリティ、ストレージやネットワークのI/Oなどの処理を行っているのです。具体的にはAWSの「Nitro System」が有名ですが、マイクロソフトは「Azure Boost」と呼ばれるチップを採用しており、Google はインテルと共同開発した「Intel IPU」を採用しています。
つまり、いまやクラウド内のサーバーは、より多くの処理においてクラウド専用に設計されたチップによる最適化の動きにあるのです。この面から見ても、クラウドベンダーが独自プロセッサの開発に取り組むトレンドは必然的な流れと言ってよいでしょう。
Armプロセッサの課題と活用のポイント
クラウドにおいてコストパフォーマンスに優れたArmプロセッサの登場は、ユーザーがより安価にサービスを利用できることに直結するため、歓迎すべき動きです。一方で、ユーザーにとってArmプロセッサを利用するときの課題は、既存のx86プロセッサ用のバイナリソフトウェアをそのまま実行できないことです。
これは、プロセッサの種類に依存せずにサービスが利用できるマネージドサービス、あるいはRubyやJavaなどあらかじめArmプロセッサ用にランタイムが用意されているプログラミング言語を利用することで乗り越えることができます。ただし、十分なテストは必要です。
これからクラウド上でシステムを組み上げていく場合、実績のあるx86プロセッサとコストパフォーマンスに優れたArmプロセッサを、適材適所で採用していくことがより重要になっていくのではないでしょうか。
※このコラムは不定期連載です。
※会社名および商標名は、それぞれの会社の商標あるいは登録商標です。
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新野淳一/Junichi Niino
ブログメディア「Publickey」( http://www.publickey1.jp/ )運営者。IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。新しいオンラインメディアの可能性を追求。