CDNベンダーはクラウドベンダーと競合するのか?―― CDN大手3社の動向を探る
システム構築におけるプラットフォームのメインストリームがオンプレミスからクラウドへと移りつつある中で、クラウドベンダーと競合する新たな存在として名乗りを上げているのがCDN(コンテンツ配信ネットワーク)ベンダーである。果たしてCDNベンダーはクラウドベンダーの本格的なライバルになり得るのか。
CDNベンダーの得意分野はエッジでの分散処理
2021年9月、主要CDN(コンテンツ配信ネットワーク)ベンダーのひとつであるCloudflareは、Amazon S3互換のオブジェクトストレージである「Cloudflare R2 Storage」を発表しました。同社はCDNエッジで実行されるワーカープロセス「Cloudflare Workers」をすでに提供しており、このCloudflare R2 Storageを発表したことにより、クラウドベンダーと競合する上で欠かせない
“コンピュータとストレージの両方のサービス”をついに提供することとなりました。
ちなみに、このCloudflare R2 Storageの名称の「R2」は、Amazon S3の「S3」の2文字を1つ前に
ずらしたものとされており、CloudflareのAWSに対する対抗意識がサービス名にも刻まれています。
Cloudflareは2022年にデータベースサービス「Cloudflare D1」を発表するなど、現在も着々とクラウド対抗のサービスを充実させています。CDNベンダーとしての出自を持つ同社のサービスは、既存の
クラウドベンダーのように大きなデータセンターからサービスを提供するのではなく、世界中に分散している「エッジ」ロケーションにある比較的小規模なデータセンターから提供される分散システム
サービスが大きな特長になっています。
いわばエッジにおける分散処理こそ、現時点でクラウドベンダーに対してCDNベンダーが持つ最大の
強みであり、Cloudflareをはじめとした各CDNベンダーはこの強みを戦略基盤としています。
この仕組みでは、例えば利用者の近くのデータセンターでの軽量な処理によって高速なレスポンスを
返す処理が非常に得意であり、そのような得意分野に合致したニーズを持つアプリケーションの構築に向いていると言えます。
一方でエッジにおける分散処理は、例えば大規模なデータの保存や高性能なトランザクション処理を
要求するようなアプリケーションの実装には向いていません。そのため、多くのCDNベンダーの戦略は今のところ、企業の業務アプリケーションのようなデータ量やトランザクション処理を要求するものではなく、Webアプリケーションを中心としたサービスへの訴求を強めています。
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クラウドベンダーを買収したAkamai
やはりCDNベンダーの大手として知られるAkamai Technologiesは、仮想マシンやブロックストレージ、オブジェクトストレージなどを含むIaaS型クラウドを提供していたクラウドベンダー「Linode」の買収を2022年に発表しました。
これにより、Akamaiが本気でクラウド事業に参入するつもりであることが誰の目にも明らかとなり、
その1年後には同社の全サービスを「Akamai Connected Cloud」にリブランド、名実ともにクラウド
事業への本格参入を果たしました。
AkamaiはLinodeから引き継ぎ、買収後も拡張を続けてきた大規模なワークロードに対応した
「リージョン」を世界の主要地域に設置しています。日本でも東京と大阪にリージョンを持っており、
このリージョンとさらに世界中の広範囲に配置されている分散ロケーションやエッジPoP(Point of Presence)を組み合わせて利用できることが特長となっています。つまり、Akamaiの戦略もIaaSを基本としつつ、エッジロケーションとの組み合わせを強みにしているのです。
CDNベンダーとして知られるFastlyもまた、いくつかの同社のサービスを「Fastly エッジクラウド
プラットフォーム」としてブランディングしています。
CloudflareやAkamaiと比べると、既存のクラウドに競合するようなサービスは控えめですが、WebAssemblyランタイムを採用したことで、CDNエッジで高速にプログラムを実行できる「Fastly Compute@Edge」やNoSQLの「Fastly KVStore」など、分散環境での柔軟なコンピューティング
サービスを提供しています。
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既存クラウドと本格的な競合になるかはまだ不透明
Cloudflare、Akamai、Fastlyといった代表的なCDNベンダーは、クラウド事業へとビジネスの領域を広げようとしています。前述したように、CDNベンダーが展開するクラウドサービスあるいはエッジクラウドサービスは、多数のエッジロケーションを生かした分散環境でサービスが構築されているため、ユーザーから見ると既存のクラウドにはないサービスの強みを感じます。
一方で、CDNベンダーが提供するサービスの多くは最初からエッジロケーション上に分散システムとして構築されているため、オンプレミスのシステムをそのまま移行できるようにはつくられていないと言えるでしょう。片や既存のクラウドは「リフト&シフト」という言葉があるように、オンプレミスの
システムをクラウドに移行し、そこでクラウド向けのアーキテクチャに移行するといったことが可能です。
CDNベンダーが提供するサービスは、最初から分散システムに向いたアーキテクチャのシステムを
構築・実行する上では非常に優れたプラットフォームとして機能します。しかし現時点で、そのようなシステムは先進的あるいは実験的なシステムの一部と言ってよいでしょう。
そのため、CDNベンダーのサービスがこのまま強化と進化を続けていくことで「既存のクラウドベンダーに対する本格的な競合となり得るのか」という問いに対しては、CDNベンダーはそれを視野に自身の強みである分散システムの構築に力を入れているものの、当面はクラウドと強みの棲み分けになる可能性が高く、分散システムが将来のメインストリームになるとしても、そうなるには10年以上の時間がかかるだろうというのが、現時点における筆者の見方です。
とはいえ、クラウドが登場してから現在のように普及し、IT業界のメインストリームになるまでにも10年以上はかかっているのです。同じような大きな業界の変化が起きるにしても、10年以上の時間がかかることは容易に想像がつきます。
2023年2月にCloudflareの共同創設者兼社長兼最高執行責任者(COO)であるミシェル・ザトリン氏が来日した際、筆者はザトリン氏にCloudflareはパブリッククラウドと競合するような会社になっていくのかと質問を投げかけました。
ザトリン氏の答えは「また5年後には、その様子について皆さまに報告できる日が来るのではないかと
思います」というものでした。
この答えに象徴されるように、CDNベンダーがそうした長期的な目線で戦略を立てているのは間違いないでしょう。
関連記事:
CloudflareはAWSのようなパブリッククラウドと競合する企業になるのか?――同社COOに聞いた(引用:Publickey)
※このコラムは不定期連載です。
※会社名および商標名は、それぞれの会社の商標あるいは登録商標です。
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新野淳一/Junichi Niino
ブログメディア「Publickey」( http://www.publickey1.jp/ )運営者。IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。新しいオンラインメディアの可能性を追求。